毛利藩のユニークさを凝縮し歴史の山口県を代表する全国どの藩にも比類なき遺産
もりのしげり
 時山弥八
 マツノ書店 拡大復刻版
   2015年刊行 B5判 並製(ソフトカバー・)函入 580頁 パンフレットPDF(内容見本あり)
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■小社がすでに県内の史書二百点以上を復刻してきた現在「山口県で大河ドラマを迎える年明けを飾る本」といえば、この『毛里乃志希里』をおいて皆無です。
■実は四十年前、私が史書復刻の仕事を始めたとき第一弾を本書で飾りたかったのに、すでに県内他社が旗揚げに使っており、「いつか必ず小社で!」と思っていました。
■そしてこのほど「会津藩や東軍関係では他の追従を許さないが、西軍関係には触れることさえ皆無」といわれる、直木賞作家・中村彰彦氏から本書について極上の推薦文を賜わったのです。会津の目まで借りて、全国の研究者に毛利藩そして本書の普遍性とユニークさをよく理解し役立ててほしい本ですが、あえて本書の欠点をあげれば、限られた紙面に膨大な内容を詰め込んでいるため、文字が小さく読みにくいことです。
■今回は大胆な拡大復刻によって前頁見本のように読みやすくなる上、かつての毛利藩そのまま「形にとらわれず丈夫で実質的」な造本に仕上げます。
■旧版をお持ちのお方へも、これを機にいつまでも気持ち良く使える今回の復刻版を自信満々、心からお薦め致します。


 もりのしげり 目次
毛利家系図
長府毛利家系図
徳山毛利家系図
吉川家系図
小早川家系図
清末毛利家系図
毛利氏本末一覧表
一門宍戸系図
一門右田毛利系図
一門厚狭毛利系図
一門吉敷毛利系図
一門阿川毛利系図
一門大野毛利系図
永代家老須佐益田系図
永代家老宇部福原系図
歴代略歴表
歴代正統元服縁組婚礼 一覧表
歴代正統養子若殿家督 隠居大殿一覧表
歴代正統初入国目見要 害巡視一覧表
歴代正統薨去年月年齢 法号墓地一覧表
歴代正室継室側室法名 卒去年齢墓地表
連枝法名卒去年月年齢 墓地表
主要神社及ビ官祭銅像 銅碑一覧表
歴代通称初名道号字一 字名雅号著作一覧表
旧長藩内学館表
旧長藩架橋及開作表
旧長藩内陶窯表
歴代領地城宅表
末家一門領地邸宅表
付益田福原両家領地邸 宅表
毛利氏末家表
付小早川吉川共
毛利氏一門並益田福原 国司清水表
大江姓庶流表
芸州随従下向家筋表
元就公座備図五種
御儀式二種
敬親公時代御具足祝儀 式(元治元年正月十一日)
敬親公時代謡初儀式
敬親元徳両公其参府帰 国其他発着表
旧長藩士卒階級一覧表
旧長藩職役一覧表
長府徳山(両毛利)岩国 (吉川)清末(毛利)士 卒階級表
長府毛利家職制表
徳山毛利家職制表
岩国吉川家職制表
旧長藩諸隊表
旧長藩軍艦表
防長両国古城趾表
毛利氏史要年表
防長両国贈位人名表
 附録
封建時代一萬石以上諸 侯領地表
旧幕時代諸街道表
新旧時刻対象及方位表
年号干支早見表


『もりのしげり』の使い方

  作家 中村 彰彦
 このような書きもので自己紹介をするのは気が引けるが、私は歴史小説や史伝、歴史エッセイなどを執筆しているもの書きである。当然ある作品を書きはじめるにあたっては種々の史料を探し求めることから出発し、その史料に描かれたところの正否を判断する必要に迫られる。
 しかし、歴史にまつわる文章を書くのに必要なのは、実は史料だけではない。各種の史料を幅ひろく読み込んだ人のまとめた家系図、年表、職制表、婚姻関係一覧表、組織一覧表といった後世の編纂物をうまく使いこなすことができれば、テーマとする時代や人物に対してより容易に理解を深めることができる。

 そのような意味において私がうれしかったのは、新人物往来社が昭和58年(1983)から61年(1986)にかけて『日本史総覧』六巻、補巻三巻を刊行したことであった。これによってわれわれは「天皇一覧」「鎌倉幕府諸職表」「徳川将軍妻妾一覧」「明治前期要職一覧」といった先人たちの貴重な成果を踏まえつつ執筆ないし研究を進めることが可能になったからだ。
 ところが右の『日本史総覧』の刊行開始に先立つこと64年、大正5年(1919)のうちに、旧長州藩毛利家とその支藩については『毛利一族史総覧』と名づけてもよい好著が出版されていた。それが本書『もりのしげり』――変体仮名で表記すれば『毛里乃志希里』である(非売品、昭和7年増補訂正版刊行。同44年、赤間関書房より復刻。)

 編者時山弥八氏は「毛利家編輯所ニ在勤」した人で勤務の「余暇ヲ以テ見聞ニ随ヒ」この労作をまとめたのだと「緒言」にあり、毛利家に代々伝えられてきた史料類を存分に駆使することの出来た実情の一端をうかがうことができる。それだけでも充分に信頼できる編纂物であることが知れるのだが、毛利一族の発展の歴史を『もりのしげり』という優美なことばで表現したところに早くも編者のセンスの良さが感じ取れよう。「目録」と題された目次には、いくつかピックアップすると以下のような項目が並んでいる。「毛利家系図」「長府毛利家系図」「徳山毛利家系図」「吉川家系図」「小早川家系図」「清末毛利家系図」……。

 毛利家の戦国時代から幕末維新に至る動向を学んだ方々に対しては釈迦に説法の類となってしまうが、戦国の名将にして西国筋最大の大名となった毛利元就には、世子隆元のほかに吉川元春、小早川隆景の二子がいた。これがいわゆる「毛利の両川」だからこそ、「毛利家系図」には「吉川家系図」と「小早川家系図」を添えることが不可欠なのである。 

 さらにいえば長州藩(萩藩)毛利家を宗家とするこの一族は周防の徳山藩毛利家、長門の長府藩毛利家、おなじく清末藩毛利家を支族(支藩)としていた。そこから毛利一族の歴史を俯瞰するには、これら支族の系譜を把握しておく必要も生じるのだ。一般に当主の娘たちの名前は「だれそれの女」としか書かれないものだが、これら諸系図にはわかる限り女性たちの名前も明記され「和子」「映子」といった難読名にはルビの振られているのが親切な編纂方針である。

 さらに本書には「一門宍戸系図」その他一門六家の系図のほかに、「永代家老須佐益田系図」「永代家老宇部福原系図」、も収録されているのが興味深い。幕末史に関心のある向きなら「益田」姓からは益田右衛門介を、「福原」姓からは福原越後を思い出すことであろう。元治元年(一八六四)七月の「禁門の変」(蛤御門の変)にもうひとりの家老国司信濃とともに出動したかれらが、敗北の責任をとって自刃したことは悲劇としてよく知られている。 

 これら三人のうち益田右衛門介と国司信濃が従容として切腹の座についたのに対し、ひとり福原越後のみはすぐには主命に従わなかった。それはなぜか、という問題も本書によって解明することができる仕組みになっている。

 まず毛利輝元の二男就隆を初代とする「徳山毛利家系図」をひらくと、九代目元蕃のすぐ上の兄に元|という人物がおり、「宇部福原相続」とある。これが福原越後。越後は八代目広鎮の六男、元蕃は七男だから、越後は宇部福原家を相続していなければ徳山藩主になれたのであり、その場合は永代家老ではなく支藩の当主だから戦争責任を問われて切腹に追い込まれることなどあり得なかった。その口惜しさが、すぐには切腹しないという最後の行動となって表現された――本書は、使いようによってはこのように歴史の裏側を差し示してくれる書物でもあるのだ。

 ほかにも「旧長藩内学館表」「旧長藩内架橋及開作表」「歴代領地城宅表」など貴重なリストが満載されているが、私のもっとも注目したのは「旧長藩職役一覧表」のなかに「越荷方」が立項され、次のように解説されていることであった。
 「赤間関ニ之ヲ置キ他国商品ノ貨物ヲ抵当トシ本勘及ヒ撫育金貸付ヲ取扱シカ慶応元年十月八日其権限ヲ拡張シ営利ヲ専ラトシ藩外通商事務ヲ担当セシメ(略)慶応二年三月頃唐反物類を越荷方捌(専売)トシテ其運上金(税金)ヲ取立テ(此税金ハ軍艦買入費ニ充当ス)……」

 慶応二年といえば1月21日に薩長同盟の密約が成立、6月には第二次長州戦争(四境戦争)がはじまる時期である。長州藩毛利家は本庁と越荷方にふたつの金庫を持っていたので開戦イコール藩財政の急激な悪化となる事態には陥ることなく戦争準備をはじめることが可能であった。右の記述からは諸藩では考えられないこのような経済的基盤を読み取ることもでき、私はまことに感に堪えなかった。

 ちなみに本書所収「毛利氏史要年表」もよくできていて、ここには毛利家にとって重要であった歴史上の出来事が138ページにわたって記述されている。
 これだけで優に新書にして一冊分以上の情報が得られるといえば、本書がいかに充実しているかおわかりいただけるであろう。

 本書の赤間関書房版奥付によると、昭和44年に復刻されたものは同50年に再刊されたようである。それから35年、原本より美麗かつ堅牢な造りで知られたマツノ書店がこの貴重な編纂物の再復刻に踏み切ったことにより、旧長州藩毛利家の歴史はより読み解きやすいものになること疑いなしである。
(本書パンフレットより)



『増補訂正もりのしげり』の復刻を喜ぶ
  山口県立山口博物館学芸員 山田 稔
 およそ毛利氏及び長州藩研究に取り組む際、座右に備えるべき事典は何かと尋ねられれば、迷わず本書『もりのしげり』を挙げたい。
 本書は、毛利氏関係事典の決定版として、すでに研究者の間でも高い評価を得ているが、今一度、その価値を確認してみよう。

 内容は、「本支藩系図」、「歴代略歴表」、「歴代正室・継室・側室卒去墓地表」といった毛利氏一族に関する事項から、「旧長藩士卒階級一覧表」、「旧長藩職役一覧表」などの家臣団・藩制、さらには支藩の階級・家職に関わる事項まで広範に及ぶ。まさしく、毛利氏関係総合事典の名に相応しい充実ぶりで、これらの豊富で詳細な情報が、一巻五六八頁に収められていることも驚嘆の一言に尽きる。

 ここ一番で役に立つ、「旧長藩内架橋及開作表」、「歴代領地城宅表」、「旧長藩軍艦表」など、独自の視点でまとまられた一覧表が、数多く収録されている点も見逃せない。また、適宜、難読文字にふりがなを付けるなど、痒いところに手が届く配慮も、実にありがたい。

 編者の時山弥八は、奇兵隊参謀時山直八の長男で、維新後、毛利家編輯所に勤務した人物である。
 時山は、諸言において本書の作成経緯を「毛利家編輯所ニ在勤ノ余暇ヲ以テ、見聞ニ随ヒ摘要ヲ筆記セルモノ既ニ一冊子ヲ成ス、今仮ニ之ヲもりのしげりト名ケ印刷ニ附シ、以テ謄写ニ代フ」と記している。企画・編集・刊行の労を取った時山の功績はいうまでもないが、肝心な点は、本書の内容が、長年の毛利家編纂事業の過程で蓄積されてきた、膨大な歴史情報の中から編み出されていることである。

 ちなみに、毛利家文庫には、初版本の入稿用手書き原稿が遺されている。これを見ると、すでに時山が便覧としてまとめていた系図や職制表などに、入稿にあたって、多数の項目が追加・修正されたことがわかる。
 次に、本書の成立について確認しておこう。初版本は、大正5年(1916)11月、『稿本もりのしげり』と題して刊行された。五百部を印刷し、うち四二五部が、本家筋をはじめ、毛利氏一門、旧重臣や山県有朋、寺内正毅、杉孫七郎、木戸・伊藤・桂家ほか錚々たる顔ぶれ、さらに、師範学校、中学校、図書館、新聞社などに配布される。その後、昭和7年(1932)8月、『増補訂正もりのしげり』として刊行された。

 遺されている初版本の寄贈礼状を見てみると、「これニより防長史研究之上ニ幾多之便宜を得べしと存じ大ニ喜ひ候」(渡辺世祐)、「編纂上多大之裨益有之と奉存候」(妻木忠太)、「誠ニ簡明にして譜代追懐之資料としてハ無上之珍本、此巻を繙ハ当代の史蹟歴然として眼前ニ躍如たるを覚申候」(秋良朝之助)、「毛利氏故事ヲ取調ルニハ片時も座右不可離要書ニ御座候」(大田報助)などの賛辞が並んでいる。いずれも関係者としての素直な感想であろう。ただし、大田は「該編中、小早川系図ナキハ如何哉」と注文をつけている。

 昭和7年、『増補訂正もりのしげり』としての再版に際し、前述の大田の意見などを汲んだものか、初版に収録されなかった「小早川家系図」が追加されたほか、ざっと確認するだけでも、全体で一七〇箇所以上にわたって加筆訂正が行われている。また、初版は系図に赤色が使用される二色刷りであったが、再版では単色刷りとなるなど、文字通り「増補訂正」となっている。当初から訂正版を考えていた時山にとって、初版刊行後に寄せられた意見の中には、数々の有益な指摘が含まれていたことだろう。いわば毛利家ならびに多くの関係者の監修を経たことで、本書『増補訂正もりのしげり』の信頼性は、より高いものになったとも言える。

 現代は、ネット検索、データベース全盛時代だが、一方で、冊子形態の事典の重要性を忘れてはならないと思う。活字の事典は、目を通していく過程で、偶然目に触れた項目から、ふとした発見や思考が広がるなど、ネット検索では味わえぬ喜びもある。
 研究が細分化している現代、歴史研究の場においても、「木を見て森を見ず」にならぬ視点が何より肝要であろう。本書の活用が、「もり」の「しげり」を見渡すこと、換言すれば、大きな視野で歴史を思考する一助になることを切に願うものである。
(本書パンフレットより)