黒船到来から西南戦争まで 史実、巷説、風説の全てを取り込み見応えある120枚もの挿絵で魅せる希書
近世紀聞(全部)
 条野伝平 染崎延房編
 マツノ書店 復刻版 ※ 原本 明治19年
   2016年刊行 A5判 上製函入 860頁 パンフレットPDF(内容見本あり)
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 『近世紀聞』  略 目 次
  第一編 
亜船初めて浦賀へ着する事
亜国の書簡を和訳し各藩に示さる 
墨使再び来舶及び各国通商を請ふ
朝議厳にして幕吏鎖開の間に困む事
五カ国互市の条約を結ぶ事
桜田の上巳に紅雪を降す事
  第二編 
浪徒蜂起して薩長大に周旋ある事
永井が入説調わず遂に勅使東下する事
島田梟首並関東大変革の事
列藩次第に入洛して京師繁栄の話
尊攘決議して鴨男山へ行幸
長海に五回外国船を砲撃す
第三編
薩海戦争及び大樹東下の事
一橋殿問答及び洛中動揺
朝議一変して七卿長門へ下向の事
県令を誅して浪士等五条に拠る事
山嶽に立籠りて天誅組四藩と戦う 
 第四編 
南山の義挙鎮静する事
平野憤激して沢卿を誘ふ
生野銀山に義党等屯集する
但州鎮静及び長の両士入洛を請ふ
将軍家上洛 宸翰を賜る事
筑波太平の両山に有志ら屯集の事
 第五編 
波山の義徒威を近傍に示す
慷慨の士池田屋に憤死の事
兵器を携て有志、嵯峨山崎に拠る事
一橋殿深慮屢々長藩士を説諭する事
憤懣に堪えずして長藩士禁闕に迫る
蛤御門に来島等接戦する事
 第六編
鷹司邸に長兵官軍と戦う
深草の陣営に大垣藩長兵を支える事
京乱鎮静に至り、外艦再び長州を襲う
武田耕雲斎等水戸城下にて姦党に遮らる
水戸城外に武田等幕兵に抗する事
姦党幕吏と議りて大炊頭を賺す事
 第七編 
勢い窮まりて武田等加州の軍門に降る事
長州追討及び高杉胆略の事
幕吏に接して備後介国情を弁ずる事
幕兵芸地に進みて長防騒擾する事
防長の士民憤激して台命に服せざる事
遊撃隊進んで久野坂を取切る事
 第八編  
長人東軍を逐うて石州を略取する
芸豊二洲の戦争及び薩侯建白等の事
大樹薨去して西征の師をゆるめる事
徳川氏政権を奉還して紛論頻りに起る
廷議一定して内府を京師に召さるゝ事 
鳥羽伏見両道に官兵屢々東軍と戦う
 第九編 
関東を征せんと官軍両道より進む。
総野の間に脱兵官軍に抗す事
脱走の激徒等各所に官軍に抗する
彰義隊の名称初めて起るの話
激徒等事を誤って官軍東台を囲む
死を軽んじて彰義隊等屢々防戦す
 第十編 
東台の激徒鎮定の後徳川家へ封土を賜う
官軍進んで奥羽各所に激戦する事
官軍尽力平の城を襲はんとする事
激徒等長岡にて官兵に抗ふ
奥羽越戦争及び三好清房
官軍奮励若松の城下に迫る
 第十一編 
聖断寛仁会津等の罪をゆるうす事
東北一時平定し又蝦夷地に暴徒起る
脱士等水陸より進んで福山城を落す
開陽艦破壊ついで暴徒等館村の砦に迫る
館村落居及び三上超順の小伝
脱兎等一時蝦夷地を畧定す
 第十二編 
官軍蝦夷地を再襲の事
数度の激戦脱士等決死官軍を防ぐ
両軍数回海陸に激戦する仁血雨露
の如く及ぼし衆咸万歳を謡う

 物語から歴史学への途中
  西澤朱実(幕末維新史研究家)

 きっかけは一枚の挿絵だった。
 もう二十年以上前、「秀穎会」という伊庭八郎の研究会を主宰していた時に、伊庭を描いた挿絵が欲しい一心で本書を購入した記憶がある。
 今でこそ箱館まで戦った旧幕軍の隻腕の剣士として知られる伊庭だが、当時は土方歳三の昔の遊び仲間役で時代小説に登場すればいい方だった。もっとも明治初期の人気は逆で、箱根湯本戦での伊庭の勇姿は月岡芳年が錦絵に描いたほどである。正直なところ、二十年前の私はこの錦絵が欲しかった。が、何しろ出物がない(あっても高そう)。結果、刊本で比較的入手しやすい『近世紀聞』の挿絵に落ち着いた次第である。
 かくしてとりあえず伊庭のビジュアルを確保した満足感の下、肝心な本書は一部を斜め読みしたまま〝積ん読〟の仲間入りをし、本棚の隅で長い眠りについたのだった。

 そもそも絵入りの史書など考えられず、編著者の染崎延房が二代目為永春水を称した人物とくれば、中身は「忠臣蔵」よろしく虚実ないまぜの〝歴史モノ〟が想像される。まあいいか…となったのも無理からぬことと思う。
 が、このパンフレットのために改めて読み直してみて、以前の先入観は軽く裏切られた。読み物ながら〝通史〟として意外によくまとまった内容は、今日、専門的な各論研究に親しんだ読者にはむしろ新鮮に映るのではないだろうか。
 『近世紀聞』は明治七年から十四年にかけ、十二編三十六巻の冊子本として刊行された。出版元は金松堂、初編を条野伝平(採菊散人)、二編以降は染崎延房が担当し、黒船来航から箱館戦争終結に至る変革の過程を詳かに、その後の西南戦争までを簡略にまとめている。条野は鏑木清方の父で人情本作家として知られ、のちに「東京日日新聞」を興す人物。染崎は対馬藩士ながら初代春水に師事し、勤めの傍ら安政二年に発表したお家騒動物でブレイクした。かの坪内逍遙も染崎作品の愛読者だったという。

 この幕末の戯作者二人が本書で目指したのは、フィクションではない歴史、事実のみによって記される時間だった。いわく「原(もと)これ一家の野史なれど、亦小説の属(たぐひ)にあらで」、「見聞の侭を普く記」し、「遂に今日の治世に至りし事(じ)迹(せき)を識(しら)しめんとする」ものである(初編・八編序)――。
 今日ではあたりまえのスタンスだが、近代以前、庶民にとっての〝歴史〟が、軍記物語や講談のように伝承過程で虚実が入り交じる〝物語〟だったことを考えれば、戯作者たちの方向転換を体現する『近世紀聞』は、〝史実〟がフィクションと訣別し、科学としての〝歴史学〟へ向かう転機の一つに数えてよいかもしれない。その背景には、実学尊重の時代的風潮や、教部省が国民教化の方針を定めた「三条の教憲」への追随があったとされる。本書の場合、記述の対象が遠い過去ではなく、つい最近編者と読者が生きたごまかしのきかない時間だった点も、編集方針に大きく影響したようである。

 かくして「彼是の雑史を参考」(染崎)に、本書は幕末維新史のトピックスを細大漏らさず採録しようと試みる。特徴的なのは、単に出来事の列挙・解説で終わらず、それらが集束する〝幕末〟を、読者の〝今〟に繋がる時間の連鎖の中に再現しようとしていることだろうか。
 たとえば文久三年なら、将軍上洛から生野の乱までの間に、鎖港談判・中根一之丞殺害も含めて百科事典並みに出来事がひしめき、元治元年には天狗党筑波挙兵と禁門の変が相互の垣根を超えて時系列に配されることで、各事象が出来する必然性・関連性を明らかにしつつ、これらが同時進行した当時の混乱と、明治へ向かう時代の胎動がよりリアルに醸し出されている。また毛利敬親の軍令状・一橋慶喜と中川宮の問答といった史料が所々に挿入され、知的好奇心をくすぐる仕掛けも充分。天変地異や世直し一揆、今日では見落とされがちな青松葉事件にも及ぶ筆からは、編者の覚悟と貪欲さが窺える。

 むろん、慶応以降の政治的事象は追跡が甘く、薩長同盟でさえ影が薄いという瑕疵はある。また巷説・通説まで網羅した結果、岩亀樓の亀遊が登場し、治療中の吉村寅太郎が関羽に喩えられるような物語性・通俗性も残ってしまった。本書が「明治開化期文学集」(筑摩書房)や「新日本古典文学大系」(岩波書店)に抄録され、〝文学〟作品として扱われてきた所以もそのあたりにあるのかもしれないが、当時の史料的限界や編者のキャリアを考えれば充分な健闘であり、その歴史学への志向は評価されるべきだろう。
 ところで、『近世紀聞』は初版の冊子本のほか、各編ごとの合巻や全巻合本、大正十五年の組み替え復刻版(春陽堂)など、再版の種類が多かった。この読者ニーズの高さは特筆しておきたい。

 ちなみに今回の復刻は、金松堂の全巻合本版とのこと。冊子本から一部の挿絵と序文が割愛されているものの、現在古書市場に並ぶ春陽堂版に比べ、より初版の雰囲気が伝わりやすいと思われる。長く「通俗な実録文学」という評価を受けてきた本書だが、これを機に、歴史と文学のはざまでやや歴史寄りにツメを立てる、硬派な一面にも光が当たることを期待したい。